国宝・古文書東寺百合文書の内容とは?世界記憶遺産に登録された理由!

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国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、世界記憶遺産に   第2次大戦後のシベリア拘留者に関する資料「舞鶴への生還」 政府推薦の国宝「東寺百合文書」 ...

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、世界記憶遺産に

 

  • 第2次大戦後のシベリア拘留者に関する資料「舞鶴への生還」
  • 政府推薦の国宝「東寺百合文書」

 

を登録した、と報道されていますね!

 

日本からはこれまで、慶長遣欧使節の関係資料など3件が登録済みで、今回で計5件となるそうです。

 

日本だけでなく、世界にとどめておく記憶として追加されたことは嬉しいですね!

 

でも、今回のニュースで「東寺百合文書」の存在を初めて知りました。

 

日本史を学んだ方ならば常識なのでしょうか?

 

戦国と幕末についての知識しかない私です(情報源はほぼ大河ドラマ笑)

 

なので、今回はこの「東寺百合文書」が一体どんなものなのかが気になり、

 

その内容や歴史的価値について調べてみました!

 

「東寺百合文書」とは

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「東寺百合文書」。読み方は「とうじひゃくごうもんじょ」です。

 

これは、京都のあの有名な東寺に伝えられた日本中世の古文書で、

 

8世紀〜18世紀までの約1千年間にわたる古文書群だそうです。

 

その数なんと2万5千通。

 

1通=1ページとして、500ページの分厚い本に例えると、

 

50冊分にもなります。

 

現在はどこに保管されているの?

 

現在は、京都府立総合資料館の収蔵庫で保管されています。

 

1967年(昭和42年)に京都府が東寺から購入し、

 

史料的価値がとても高いということで、1997年(平成9年)には国宝にも指定されました。

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内容は?何が書いてある?

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これはもう、ほんとに中世を中心にさまざまな内容を含んでいるようで、

 

弘法大師信仰、東寺の寺院組織、諸仏事、所領(荘園(しょうえん))関係などの豊富な内容を持っていることで知られています。

 

南北朝時代や室町時代、戦国時代の武将に関連する文書も多数含まれているんだとか。

 

また、公的な文書から農地の用水路の図案など、さまざまな身分の人がやりとりしたであろう文書が残されており、

 

記憶遺産に推薦された理由にも、

 

  • 平安時代以来一貫して東寺の宝蔵(ほうぞう)に収められ、1,000年以上にわたって東寺に伝承した約2万5千通に及ぶ寺院文書。日本の 仏教史、寺院史、寺院制度史研究上で貴重な資料であるとともに、様々な研究に資する資料が一つにまとまっているため、アーカイブ資料としての価値も高いといえる。
  • 1685(貞享2)年に加賀藩第五代藩主・前田綱紀(まえだつなのり)により「百合(ひゃくごう)」の箱が寄進され、保存・管理されてきた文書であり、すでに前近代の我が国において、このような実践が行われていたことは、ユネスコ記憶遺産事業が目的としている、世界の重要なドキュメント遺産の保護の精神や趣旨を考慮すると、大変意義深い文書保護の実践といえる

(引用元:http://hyakugo.kyoto.jp/kioku_isan/top)

 

と、多くの研究に資する資料が一つにまとまっていると記されてあります。

 

東寺東寺っていうけど東寺ってなんなの?すごいお寺なの?

 

東寺の正式名称「教王護国寺」。796年(延暦15年)に創建されたといいます。

 

都が京都に移された(794年)直後ですね!

 

また、東寺は、鎮護国家を目的とした寺で、都の正門ともいえる「羅城門」の東側に建てられています。

 

羅城門をはさんで西側には「西寺」も建てられましたが、

 

こちらのほうは、10世紀末頃には大部分を焼失するなどして、衰退してしまったため現存していないようです。

 

一方、東寺は、真言宗の開祖である空海が、823年(弘仁14年)に嵯峨天皇からお寺を賜ったため、

 

その後真言宗の拠点となり、今日に至っているといいます。

 

なんでそんな古い文書が今まで残ってたの?

 

地味に一番きになるのがコレですよね。

 

1000年にもわたる文書が残っているなんてすごいです。

 

昔から文書の保存には気を遣っていたことが伺えますよね!

 

そもそも、昔の文書に使用されている和紙や墨は保存性に優れていて、長く残りうるものですが、

 

この東寺百合文書は、現実に利用されていた中世(文書がまだ生きていた時)には、東寺の僧侶によって厳密に管理され、文庫や宝蔵に保管されていたといいます。

 

そして、江戸時代に入ると、江戸幕府をはじめ諸大名は学問を奨励し、歴史書や地誌の編纂を行うようになり、

 

特に、加賀藩の第五代藩主前田綱紀は、学問に強い関心を示し、東寺からも文書を借り出すなどして目録の作成や文書の書写を行ったといいます。

 

その際、綱紀は文書の整理を終えるとともに、膨大な数の文書を保存するための桐箱を百個、東寺に寄進(百合の箱)。

 

古文書となっていた文書群は、この桐箱に納められて今に伝わっているのです!

 

まとめ

 

約1千年の時代を渡って現代まで残ってきた文書。

 

江戸時代に加賀藩の前田綱紀がいなければ、こんな形で残ってなかったのかもしれません。

 

勉学に励み、書物や文書を大切にしてきた想いが、現代になって世界の宝物になったわけです。

 

綱紀も当時は、まさかこんなことになるとは思っていないでしょう(笑)。

 

自分が今とっている行動も思い掛けない出来事につながっているかもしれませんね!

 

そう思うと、なんだかワクワクしてきますね!

 

ではでは今回はこの辺で!

 

 

 

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